「すまないが今夜は付き合ってくれ……」「え?」 アカリは身構えた。それはそうだろう。相手が中学生の坊やとはいえ男の子だ。 女の身としては警戒するのは当然だ。「ああ、変な意味じゃない…… この傷だから激しい運動は出来ないから安心して……」「……」「あの工場を見張る必要が有るんだよ……」「……」 ディミトリはそう言って工場の方を見つめていた。 アカリはディミトリにつられて工場を見た。電気は点いていないので暗闇に包まれている。 夜遅くにになってディミトリは祖母に電話を入れた。勉強が捗らないので大串の家に泊まり込むと嘘を付いた。 こうしないと心配した彼女が捜索願を出しかねないからだ。 やがて時刻は日付を跨ごうとする時間になった。「見込み違いだったか……」 ポツリと漏らした。ディミトリが気にしたのは短髪男が口にした『お宝のありかを言え』だった。 これは『若森忠恭』では無く、『ディミトリ・ゴヴァノフ』としての正体を知っているのではないかと考えたのだ。 だが、時間が立つに連れ杞憂だったのではないかと思い始めていた。何も変化が無いのだ。 このまま朝まで誰もやって来なかったら、中にある遺体の始末する方法を考えねばならなかった。 ところが深夜一時を少し回った頃に、一台の車が到着した。車は暫く停車していたかと思うと、四人ほどの男が降りてきた。 そして、車から降りた男たちはシャッター横の入り口から中に入っていった。 ディミトリの読みは当たったようだ。短髪男の関係者なのだろう。 一人だけ大柄な男が居ることに気が付いた。だが、暗くて良く見えなかった。 ディミトリはスマートフォンに繋げたイヤホンに集中しはじめた。 男たちの足音も含めて音は明瞭に聞こえる。「くそったれ」「全員、殺られているじゃねぇかっ!」「随分と手慣れているな奴だな……」 どうやら、四人の遺体を見つけたらしい。口々に罵っていた。「何で消毒液の匂いがするんだ?」「消毒液じゃねぇよ漂白剤の匂いだ。 血液に含まれているDNAを壊す為に撒くんだそうだ」「日本人はやらなぇよ。 主に外人たちが好んで使う方法だ」「本当にアンタの言っていた小僧が殺ったのか?」「――――――――――――――――――?」 英語らしいが発音が酷くて聞き取れなかった。一般的に日本人は英語の発音が得意では
自宅。 ディミトリは朝方に家に帰り着いた。もちろん、学校に行くのに着替える為だ。 一応は平凡な中学生を演じ続けているディミトリには必要な事だ。 学校に行くとクラスに大串たちの姿は無かった。(普通に登校しろ言った方が良かったか……) ディミトリが自分の席につくとクラスメートの田島人志が話し掛けてきた。「よう! 今日さ…… 俺の家に来ない?」「何で?」「良いものを買ったんだよ」「良いもの?」「ああ…… 来てみれば分かるって!」 今日は特に予定は無い。強いて言えば短髪男から戴いた拳銃の手入れをするぐらいだ。 銃は天井裏に隠しておいた。今度は燃えないゴミの日に捨てられる事はあるまい。(そうだ、田島からベレッタを譲ってもらおうか……) 田島のベレッタは一番最初に発売されたモデルのはずだ。短髪男の持っていたのは最新型。 並べて置いておけばモデルガンに見えるに違いない。(うん…… うん…… 中々良いアイデアじゃないか) その日は何事も無く過ごし、自宅に帰る前に田島の家にやって来た。二階建ての普通の民家だ。 二階にある田島の部屋に案内されると、そこは販売店のように整然とモデルガンが並んでいた。「おおっ! すげぇっ!」 ディミトリは思わず声を出した。とりあえずディミトリを驚かすのに成功した田島はご満悦のようだ。「中々のもんだろう?」「ああ……」 その中にベレッタが有るのを目ざとく見つけたディミトリは田島に話し掛けた。「なあ、頼みが有るんだが……」「何?」「あのベレッタを譲ってくれないか?」「え? あんな古いので良いの?」「ああ、買った時の値段を払うからさ」「別に構わないよ…… 実を言うと同じのを二丁買って困っていたんだよ」 そう言って田島は笑っていた。本当は香港スターのチョウ・ユンファのマネをして二丁拳銃を買ったのは内緒だ。 それにベレッタは五丁以上持っているので邪魔だなと思っていたのだ。「ところで見せたいものって何?」 ディミトリは田島が『ある装置』を手に入れたそうなので見せて貰いに来たのだった。 こちらのお願いを聞いてくれたので、彼の自慢話に付き合うつもりのようだ。「じゃじゃぁーーーん」 彼が手招きして見せてくれたのは、最新型の3Dプリンターだった。「これで市場に出てこれない東側の奴も作れるぜ!」 すで
(三次元の複雑な構造を作り出せるのか……) 作成されたモデルガンをひっくり返したりしながらディミトリは確信に近いものを得た。(これならアレが作れるかもしれんな……) そう、ディミトリが思いついたのは『減音器』だ。世間様ではサイレンサーの方が通り相場が良い。でも、消音はされないで少しだけ音が漏れるので減音器なのだ。サプレッサーでも良い。 この3Dプリンターでなら複雑な構造を持つ減音器を作れると考えたのだった。 音というのは衝撃波だ。その衝撃波を多段の吸音壁で吸収し、音を減じてやれば良いだけの話だ。 使う機会はそんなに無いだろう。寧ろ通常の戦闘においては速射が出来ないので邪魔でしか無い。 ならば、耐久性を無視した、強化プラスチック製の使い捨て減音器も有りだとディミトリは考えた。(とりあえずは彼に設計図を起こしてもらう貰う必要があるな……) 3Dプリンターで物を作るには複雑な立体図を作成する必要がある。あいにくとディミトリにはそこまでの知識が無い。 ならば、既に使いこなしている感のある田島に頼み込むほうが早かった。それに彼はきっと興味を持つだろう。 ミリタリーマニアから見たら、減音器は中々に心をくすぐるアイテムで有るからだ。「俺も欲しいな……」「やっぱりか! お前が好きそうだなって思ってたんだよ!」 田島はディミトリが興味を持ってくれたのが嬉しそうだ。大喜びで作成に必要なソフトと3Dプリンターの型番を教えている。ディミトリは家に帰ったら早速注文するつもりだ。 実際に使う際には強度の問題があるので、何らかの対策を考えねばならないだろう。(プラスチック全体を金属製の筒で覆ってしまへばどうだろう?) だが、それは実物が出来上がってから考えていけば良い。頭で考えている事と実物では違いが有るのは当然だ。 まずは実物を作成することが先だろう。それから改良していけば良い。(これで悪巧みが捗るぜ……) ニヤリとほくそ笑んだディミトリは、未だ見ぬ減音器に思いを馳せていた。自宅。 ディミトリは頭痛に悩まされていた。自分を取り巻いている環境もそうだが、今はリアルな頭痛の方が問題だ。 大川病院には鏑木医師が、目の前で殺されてからは行っていない。他にもグルになっている医者がいるかも知れないからだ。 それに腹に銃痕とひと目で分かる傷がある。これは見つ
そこでスマートフォンの位置情報を、後で地図と照らし合わせるだけに留めた。 スマートフォンは一旦山奥に移動した後に繁華街に移動して切れた。切れたのは箱か何かにしまわれたのだろう。(要するに人目につかない場所って事だな……) 山奥に移動したのは死体の処分のため。繁華街は彼らの根城だろうと推測した。 腹の傷からの出血が止まったら、田口兄を脅して偵察に行ってみるつもりだった。(日本にチャイカが居るのは偶然では無いだろうな……) チャイカ。本名はユーリイ・チャイコーフスキイと言っていた。ディミトリはGRUの工作要員であろうと睨んでいる。(まあ、仕事で工場爆破をやったんだろうが、仲間を巻き込んだのは許せねぇな……) 日本に居るのなら昔話でもしに行かなければならない。それも念入りに下準備をしてからだ。 そして自分を付け狙う理由もだ。(あの中華の連中もチャイカの仲間なのか?) 頭痛もそうだが、中華系のグループが何も仕掛けて来ないのも頭の痛い問題だ。 医者を抱き込める程の組織力があるのなら、廃工場の時にディミトリの身柄を確保に動くだろう。 あの時には自分を監視している不審車が傍に居なかったのだ。彼らは家にディミトリが居ると思いこんでたはずだ。 それが無かったので違うグループなのかとディミトリは思い始めていたのだ。 チャイカが中華系の連中と別口なら、ロシア系のグループということになる。・鏑木医師を始末した中華系グループ・自分を罠に嵌めたロシア系グループ・自分を監視している不審車グループ「んーーーーー、三つも有るんか……」 自分の人気ぶりに呆れてしまった。 もっとも、彼らが連携していないっぽいのはありがたかった。 翌日、学校に行くと田口が出てきていた。一週間ぶりになるのだろう。 何故かオドオドしながら教室に入ってきた。「よお」「!」 ディミトリが声を掛けると、田口はビクリとして下を向いてしまった。「大串はどうして出てこないんだ?」「知らないです……」「そう……」「ハイ」「じゃあさ、お前の兄貴に伝言頼まれてよ」「ハイ」「車の助手席の後ろにポケットが付いてるじゃない?」「ハイ」「そこにスマートフォンを入れてたのを忘れていたんだわ」「ハイ?」「俺に渡してくれる?」「ハイ……」 田口は再び俯いてしまった。額に汗を大
自宅。 ミリタリーオタクの田島はディミトリの家に来ていた。 今日は、祖母が老人会の催しで出掛けている。カラオケ大会なのだそうだ。夜までディミトリ独りなので都合が良いのだ。 田島は河原で実験しようと言っていったが、人目に付きたく無いので家でやることにした。 田島は持参した鉄パイプをディミトリに手渡した。少し年季が入っている奴だ。ガレージに捨てられていた奴だそうだ。「ちょっと錆びてるけど問題ねぇよ!」 それと同時に買い物袋を床に置いた。中には爆竹が入っているのだそうだ。「で、爆竹は何本入れるの?」「十本くらいでどうよ?」 ディミトリは鉄パイプをカメラの三脚に紐で縛り付けた。グラつかないようにだ。 それから鉄パイプの中に爆竹を詰め込んで、延びている導火線を一本に縛り付けた。「了解……」 まず、最初にサプレッサー無しで撃ってみる。それをスマートフォンの騒音計測アプリで調べてみた。 『パンッ』と大きな音がして部屋中に硝煙の匂いが立ち込める。「百十か……」 アプリが示す数値を見ながら呟いた。ネットで調べた拳銃の発射音よりは小さかった。 一般的な拳銃の発する銃声は百四十デシベルから百七十デシベルだ。間近で聞けば耳を痛めてしまう程だ。「次はサプレッサーを付けてみるべ?」「了解……」 ディミトリは再び爆竹を鉄パイプに詰め込んだ。そして、鉄パイプの先端にサプレッサーをねじ込んで点火した。 『ポン』まるで手を打ったかのような音がした。何だか拍子抜けする音だった。 アプリで測定した結果は八十デシベルだった。「んーーーーー」 田島は渋い顔をしている。彼としては映画やドラマで見るような『プシュ』とか『プス』とかの音を期待していたらしい。「ちゃんと密閉しているわけじゃないから、音が漏れてしまっているんだよ」 ディミトリとしては音が減衰している事の方が重要だった。彼の基準からすれば成功の部類に入る。 だが、田島がガッカリしているらしいので励ましてあげたのだ。 銃声の正体は火薬が爆発するときの衝撃波。サプレッサーはこの衝撃波を一旦受け止めて音を減少させなければならない。 プラスチックで出来たサプレッサーでは、衝撃波が本体を通して漏れているのだ。工夫すればもう少し音が小さく出来ると思われる。(爆竹みたいな火薬だと大丈夫だが、本物の発射薬では駄
アオイのアパート。 相談があると言うので少し早めだが学校から帰って直ぐにアパートへと向かった。(金が足りなかったかな?) アオイには闇手術の代金として百万渡してある。この国の相場は分からないが、キリの良い金額の方が良いだろうと判断したのだ。 どんな話なのかはアパートに行けば判明するだろう。それより問題はサプレッサーをどうやって改良するかだ。(素材はプラスチックなのはしょうがないが性能を上げたいものだ) 3Dプリンターで使われる素材は熱で溶けるタイプだ。発射薬の火力だと数発で駄目になってしまう。 事実、昨夜の実験では二発撃っただけで割れてしまっていた。 そこで、自動車のマフラーなどに塗布されるシリコンガスケットを使うのはどうかと思案していた。 耐熱仕様だし数発持てば良いだけなので妙案のような気がしていた。(まあ、駄目なら他の素材を考えるだけだ……) 銃へマウントする部分はモデルガンから応用しようと考えていた。田口がそうしていたのだ。 中身をくり抜いて使えるかも知れないと考えていた。(後は性能の向上か……) 実験の時に測った限りでは満足出来るものでは無かったのだ。もう少し静かな方が良い。(そうか…… 音を発生させる要因を少なくすれば良いのか……) ディミトリは拳銃弾の炸薬量を減らしてみることにした。 特殊部隊には音速を超えない特別な弾丸(サブソニック弾)が用意されている。サプレッサーと一緒に使ってさらに衝撃波を減らす為の工夫だ。 他に銃弾を通すために穴が貫通しているが、これも音漏れの一番の要因だ。けれど、塞ぐと肝心の銃弾が出られなくなってしまう。 そこで、柔らかい材質の物で穴を塞ぐ。弾を撃つと弾のサイズぴったりの穴が開いて、余計なガスや音が漏れない仕組みになっている。 しかし、柔らかいので高温高圧のガスで徐々に削られてしまう。なので、普通のサプレッサーの寿命はそれほど長くなく、数十発程度で効果が半減してしまうのだ。(まあ、本当に音も無く相手を始末したければ、ナイフの方がよっぽど早いんだがな……) ディミトリはニヤリと笑っていた。そちらの方が得意だからだ。 いつものように自転車でアオイのアパートに行くと彼女は既に帰宅していた。 部屋のドアをノックすると、直ぐに部屋の中に案内された。「来ましたよ?」「いらっしゃい……」
アオイのアパート。 ディミトリはアオイの話を聞いていた。ストーカー男の事故を調査しているという男の事を相談されていた。「背後関係を調べるって…… 何か怪しい所があるの?」「私の住所と勤務先をどうして知っていたのかを調べて欲しいの」「妹さんの住所とかは知られているの?」「ええ、最初は妹の所に行って次に私の所に来たと言っていた……」「名刺とか貰った?」「これがそう……」 アオイはディミトリに名刺を一枚見せた。街中の名刺屋で一番安い値段で作ったような奴だ。 そして、書かれている会社の名前は聞いたことも無い物だった。(うん、怪しい……)「ネットで検索しても該当する会社は無かったわ」 アオイは自分でも色々と調べてみたが分からなかったそうだ。会社の電話番号に掛けて見ると相手の男に繋がるのは確認していた。(電話の転送サービスだろうな……) 事務所すら持てない弱小企業が、電話番してもらう為に電話代行サービスを利用する事が多い。 この男もそのサービスを利用しているのだろう。「ストーカー男の家族が知っていたとかじゃないの?」「妹のことが有って、私の家族も男の家族も離散してしまったわ」「じゃあ、住所を辿って来たとか……」「私の実家は更地になってしまっているし、母以外に私達の状況を知っている人はいないかったはず……」 妹が拉致監禁された上にレイプ被害に会った事でアオイの両親は離婚。アオイの母親は自分の実家に帰ってしまっている。 今では半年に一度くらいしか連絡は取り合わないそうだ。父親の現況は不明。 ストーカー男の実家も同じ様に離散してしまっている。だから、接点はどこにも存在しないはずだ。 だから、ストーカー男が死亡しても気にかける人間はいない事になる。 ところがストーカー男は出所して暫くしてから会いに来たらしい。どうやってアオイ姉妹の居場所を知ったのかは不明だった。「死んでからも付き纏うなんて……」 アオイは嘆いてしまっていた。「その調査男は頻繁に接触してくるの?」「明日、会いたいと言ってきたの……」「ふむ……」 アオイは次の日の昼間に、問題の調査男とファミレスで待ち合わせをしてるという。「話すことは無いと言えば良いんじゃない?」「電話で何度も言ってるけど諦めてくれないのよ……」「病院の院長とか大人の男の人に説得してもらう
ファミレスの様子。 アオイは水野と二人っきりでファミレスで逢っていた。こうしないと病院の受付から移動しないのだ。 常識的な勤め人として病院に迷惑を掛けるのが嫌だったのだ。『鴨下さんは僕の会社で働いていたと言いましたよね?』『はい……』『その彼がどうして交通事故に会う場所に行ったのかが分からないのですよ』『私も知りません……』『でも、貴女が住んでる場所の近くじゃないですか?』『同じ市内と言うだけで近くは無いです。 通勤する経路からも外れてますし……』『へぇ、その場所を良くご存知ですよね?』『警察に聞きました……』 水野は何度目かの同じ質問をしているようだ。警察の尋問のやり方にそっくりだが、これは水野が似たような目に有っているからだろう。警察の尋問は同じ質問を繰り返して、相手が答えた時に出来る矛盾点を見つけ出す作業だからだ。 そこを突破口にして真相を抉り出すのが仕事なのだ。『彼は優秀な方で、貴女や妹さんの事は特に目を掛けていたらしいんですがねぇ』『私達の話を聞いたので?』『質問しているのは僕なんだがな』『……』 アオイは水野がどこまで知っているのかを質問したかったが、下手に言うとやぶ蛇になる可能性が有った。 そして水野もアオイが焦れて怒り出すのを待っているようだ。『特に妹さんの事を話す彼は楽しそうでしたよ?』『……』 水野は言外にストーカー男がやった事を匂わせているようだ。そうすることでアオイを怒らせて白状させようとしているのだと推測できた。 それはアオイにも感づかれたようで話を逸らし始めた。『私達は彼には特に思い入れは有りませんわ』『でも、同じ市内に住んでるのはご存知だったんでしょ?』『さあ、知りません……』 これは事実だったのだろう。一家離散してまで逃げたのに、またストーカー男が目の前に現れた時の絶望感は察して余りある。 だからこそ、ストーカー男を永久に黙らせる方法を選んだに違いないからだ。『妹さんのアパートに訪ねに行ったと言ってましたが……』『ええ、聞いてます。 それから妹は友人の家に避難してます』『その後で不幸な交通事故に有った……』『……』『偶然ですかねぇ?』 恐らく水野はストーカー男の事故の原因をアオイであると思っている。それは当たっているが証拠がどこにも存在しない。 そこで揺さぶりを掛け
「ぐあっ!」「うわっ!」 ジャンたちは急な発光に気を取られてしまった。 一方、コインを指に挟んだまま発火させた男は、親指と人差指が半分無くなってしまっていた。急激だったので指を放すタイミングを失ってしまっていたのであろう。「!」 ディミトリは相手が油断した空きを逃さなかった。反撃の開始だ。 相手のベルトに刺さっていた銃を奪い、ジャンたちに向かって連続で射撃した。正確に命中する必要は無い。相手の視界が回復する前に行動不能になってほしいだけだ。 弾丸はジャンや手下たちの腹に命中したようだった。 それから、後ろに居た男の頭を撃ち抜いた。椅子に座ったままだったので、顎の下から頭を撃ち抜くような感じだ。 男の脳みそが天井に向かって飛散していく。 室内に居た全員が倒れたすきに、ディミトリはナイフを使って手足の結束バンドを外した。それからジャンの手下たちのとどめを刺して回った。 ジャンは腹に当たっていたと思ったが逃げてしまっていた。中々に逃げ足が速い男だ。 しかし、ディミトリは追いかけようとはせずに博士の所に歩み寄った。 博士にも弾幕の一発が当たっているらしく肩から血を流していた。「俺の記憶とやらは何処にあるんだ?」「わ…… わしの研究所だ……」 いきなりの展開に腰が抜けてしまったのか、博士は床に座り込んだままだった。 荒事をするのは得意だが、されるのは苦手なタイプなのだろう。「研究所の何処だ?」「……」 博士は質問に黙り込んでしまった。ディミトリは博士の傍に座り込んで顔を覗き込んだ。だが、博士は黙ったままだ。 ディミトリは銃痕に指を入れてかき回してやった。博士の口から鋭い悲鳴があがる。「私の研究室にあるサーバーの中だ。 Q-UCAと書かれているハードディスクの中身がそうだ!」「ふん」 知りたいことを聞いたディミトリは立ち上がった。(さて、ジャンの奴を逃しちまった……) 自分の事を散々追いかけ回した彼には、是非とも銃弾を大量にプレゼントしてやりたかった。 だが、ここにはジャンの手下が沢山居るはずだ。相手のテリトリーで戦うような間抜けではない。「怖いお友達が来る前に逃げ出すか……」 ディミトリは倒れているアオイを助け起こして部屋を出ていった。 もちろん、博士も連れて行く事にした。聞きたいことが他にもあるからだ。 ディミ
「早くしないと君の魂はタダヤスから消えてしまうよ……」「……」 そう言うとニヤリと笑った。それでもディミトリは黙ったままだ。「自白剤を使いますか?」 ジャンは時間が惜しいので、さっさと自白させようと薬を使うことを提案してきた。 自白剤とは対象者を意識を朦朧とした状態にする為の薬剤だ。 人は意識が朦朧としてくると、質問者に抗することが出来なくなり、機械的に質問者の問いに答えるだけとなる。 しかし、副作用も酷く自白の中に対象者の妄想が含まれる場合も多いので信頼性が低くなってしまう。捜査機関などでは使われることが少ない薬剤だった。「そんな事をしたら折角の記憶が無くなるよ?」 博士が素っ気無く答えた。彼からすれば記憶に関する障害をもたらす薬品など論外なのだろう。 それは自分の研究成果が台無しになる事を意味する。金も研究成果も欲しい欲張りな性格なのだろう。「それに彼は拷問に対処するための訓練を受けているんだよ」 博士はディミトリの軍にいた時の経歴も掌握していた。「その女の子を痛めつけ給え、彼はきっと助けようとするだろう」 博士がアオイを指差した。恐らくモロモフ号の事も知っているのだろう。 アオイには特別な思い入れは無いが、自分の所為で他人が痛めつけられるのは気分の良い物では無いのは確かだ。 やっと出番が来たと思ったジャンはアオイをディミトリの前に連れてくる。 そしてジャンはおもむろにアオイを殴りつけた。殴られたアオイは転倒してしまう。「やめろっ!」「話す気になったかね?」 博士はニヤニヤしたまま聞いてくる。ジャンも手下たちも同様だった。「彼女は関係無いだろうがっ!」「相手のウィークポイントを責めるのが尋問のイロハだろ?」 そう言うとジャンはアオイの頬を再び殴りつけた。アオイの鼻から出る鼻血の量が増えてしまった。「分かった、分かった…… 教えるから辞めてくれ」 ディミトリが仕方がないので暗証番号を教えると伝えた。 ジャンと博士はお互いの顔を見てニヤリと笑った。 ジャンが手下に顎で指示をすると、手下はノートパソコンをディミトリの前に持ってきた。「手を動かせるようにしろ」 ノートパソコンを前にしたディミトリは言った。操作する為だ。「駄目だね。 お前さんの手癖の悪さはよく知ってるよ」 ジャンがニヤニヤしながら言った。「
「俺たちに任せてくれ! 三十分で吐かせて見せます!」「ああ、タップリ目に痛い目に合わせてやりますよ!」 部下たちが口々に言い募った。仲間を殺られたのが悔しいらしい。 それに、部下たちはディミトリの正体を知らないようだ。見た目が生意気な小僧に騙されているのだろう。「バカヤロー。 ぶん殴って白状する玉じゃねぇんだよ!」 ジャンは部下の方に向いて怒鳴った。 ディミトリは元兵士で拷問への対処法を熟知しているからだ。もちろん、限界が有るのだろうが、それを確かめるには膨大な時間を浪費しなくてはならなくなる。 ジャンはディミトリの正体を知っているので、無駄な時間は使いたくないと考えていたのだ。「あの女を連れてこい!」 部屋の外から女が一人連れて来られた。片腕を乱暴に掴まれて部屋の中に引き摺られるように入ってきた。 それはアオイだ。やはり捕まってしまっていたようだった。 アオイが連れてこられるのと一緒に初老の男性が入ってきた。「やあ、若森くん。 相変わらず元気そうだね」 彼はニコニコしながらディミトリに話しかけて来た。「君の活躍は色々と聞いてるよ」「……」「それともデュマと呼んだ方が馴染みが良いかね?」 彼はディミトリの渾名すら知っていた。「アンタ、誰?」 ディミトリは興味無さそうに聞いてみた。本当は興味津々だが、この相手に弱みを見せるのは拙いと感じているからだ。 情報の引き換えと同時に何を要求されるのか分かった物では無い。油断ならない相手だと判断したのであった。「私の名前は鶴ケ崎雄一郎(つるがさきゆういちろう)」 初老の男は長机の上にあるディミトリの私物を手に取って眺めながら答えた。「君の手術を担当した脳科学者さ……」 彼がディミトリに脳移植をした博士だったのだ。「君とは手術が終わった時に一度逢ってるんだが…… 覚えてないみたいだね」「……」 そう言ってニコッリと微笑んだ。ディミトリは黙ったままだった。本当に記憶に無いからだ。 だが、想定内であったのだろう。博士はニコニコとしている。ディミトリの反応を楽しんでいるようであった。「さて、君には質問が幾つか有るんだが……」 博士はディミトリの傍に立ち、見下ろしながら質問を始めた。「さて……」「聞く所によると君は麻薬組織の売上金。 百億ドル(約一兆円)を掻っさらったそうじ
何処かの倉庫。 ディミトリは倉庫と思われる場所に一人で居た。 その顔は腫れ上がっており、片目が巧く見えないようだった。口や鼻から出た血液は乾いて皮膚にへばり付いている。 恐らく仲間をやられた報復で、散々殴られていたようだ。(くそっ……) 気が付いたディミトリは腕を動かそうとした。だが、出来ないでもがいていた。 安物っぽいパイプ椅子に両手両足を拘束されていた。両手両足をそれぞれ別のパイプに拘束バンドで止められているのだ。 これでは解いて逃げ出すのに時間が掛かり過ぎてしまう。 彼の逃げ足が早いことを、灰色狼の連中は知っているのだろう。(身体が動かねぇな……) 部屋には中央に灯りが一つだけ点いていた。壁際に監視カメラがある。室内に見張りが居ないのはこれで監視しているのだろう。 入り口には長机が置かれてあり、その上にディミトリの私物が並べられている。 暫くすると入口のドアが開いて何人かの男たちが入ってきた。 ディミトリが意識を取り戻したのに気が付いたらしい。「コイツを殴るなって言ったろ?」 派手なシャツを着た男が、ディミトリの様子を見て怒鳴った。ディミトリが怪我をしているのが気に入らないらしい。「すいません……」「コイツにケンジを殺られたんで…… つい……」 何だか派手なシャツを着た男と、スーツ姿の男二人がやり取りをしている。 ケンジとは誰なのか分からないが、ディミトリが殺った奴の一人であるのは間違いない。 シャツの男がコイツラの頭目だろう。(じゃあ、コイツが張栄佑(ジャン・ロンヨウ)か……) ジャンは灰色狼の頭目だとケリアンが言っていた。そして、目的の為には手段を選ばない男だとも聞いている。 性格が冷酷で厄介な相手であるのは間違いない。「特に顔を殴るのは良くない……」 ジャンは座らされているディミトリの周りをゆっくりと歩きながら言った。ディミトリの怪我の具合を確認しているのだろう。 見た目は酷いが死ぬことは無さそうだ。 ジャンが歩く様子をディミトリは目で追いかけながら睨みつけていた。「もし記憶が飛んでいたら、今までの苦労が水の泡に成っちまうからな」 そう言って笑いながらディミトリの頭を掴んで自分に向けさせた。そして顔を近づけてディミトリの目を覗き込んだ。 まるで相手の深淵を汲み上げようとするような鋭い目つきだ。
その場に居たパチンコの客たちは、一瞬に呆気に取られてしまっていた。だが、直ぐに店内は悲鳴と怒号に包まれていく。「え?」「ええ!?」「ちょっ!」「ああーーーっ! 俺のドル箱に何をする!」 誰かが大声で喚いていた。それでも、彼らはパチンコのハンドルを握る手を緩めない。 リーチ(大当たりの前兆)が掛かるかも知れないからだ。緊急事態より眼の前にある台の去就の方が大事なのだろう。 普通の人とは感覚が違うのだからしょうがない。 そんな喧騒とは別に運転席でモゾモゾと動く影があった。「痛たたた……」 ディミトリだ。彼は無事だったようだ。すぐに自分の両手を握ったり開いたりして怪我の有無を確認していた。 足の無事を確かめようとして、顔が歪んでしまった。どうやら打ち所が悪い部分があったようだ。(ヤバイ…… 早く逃げないと……) ふと見るとディミトリは自分の銃の遊底が、引かれっぱなしになっているのに気がついた。弾丸を撃ち尽くしたのだ。 予備の弾倉も使い切っている。(コイツは何か得物を持ってないか……) 助手席で事切れている男の身体を触ってみた。すると男の懐にベレッタを見つけた。弾倉はフルに装填されている。 右手が銃床を握っているので取り出そうとしたのだろう。乗り込もうとした時に銃撃したのは正解だったようだ。 ディミトリは銃を奪い取ってから、予備の弾倉を探したが持っていなかった。(まあ良い。 これだけでも闘える……) そして、懐から狐のアイマスクを取り出して被った。(くそっ、玩具のアイマスクしか無いのかよ……) 本当は目出し帽で顔を隠したかった。だが、狐のアイマスクしか無かったのだ。 これはケリアンが手配してくれた車のシートポケットに入っていた物だ。恐らくシンウェイの物であろう。(無いよりマシか……) パチンコ店の至る所に監視カメラがあるのは承知している。それらの監視の目を誤魔化す必要が有るのだ。 これだけの大騒ぎを起こしたのだから、警察が乗り出すのは目に見えている。いずれバレるだろうが、今はまだ警察相手にする余裕が無い。時間稼ぎが目的だ。(時間を稼いで楽器ケースにでも隠れて外国に逃げるか……) ディミトリは足を少しだけ引き摺るように階段を下りていった。最早、痛みがどうのこうの言ってられない。 急がないと駐車場ビルから、奴らがすぐ
車は慌ててハンドルを切り替えしたが間に合わない。そのままフォークリフトに突っ込んでしまった。 ディミトリは咄嗟にシートベルトに腕を絡めて身構えた。こうしないと衝突のショックで車外に投げ出されてしまうからだ。 運転手は自分のシートベルトをしていなかったようだ。彼はフロントガラスに頭から突っ込んで窓枠ごと外に投げ出されていった。(畜生…… ツイてないぜ……) ディミトリは車の中からヨロヨロと抜け出した。追手の車が盛んにタイヤの音を響かせながら近づいて来ているからだ。 投げ出された運転手は跳ね飛ばしたフォークリフトの傍に倒れている。運転手の肩を揺さぶってみたが、彼は何も言わなくなっていた。 最初に現れたのは白い方の車だった。ディミトリは柱に隠れて立ち銃を構えた。 白い車の運転手は速度を緩めずに迫ってきた。そして運転席の窓から銃を突き出している。(それは無理だ) ディミトリは運転席に向かって引き金を引いた。三発程撃つと運転席が血で染まり、車は停車していた車を巻き込んで停車した。 その脇を黒いSUVはすり抜けてディミトリに迫ってきた。(邪魔っ!) ディミトリは車に向かって銃を撃つと同時に停車した車に向かって走り出した。二発は当たったようだが何事もなく走っている。 黒いSUVは壁際まで走って反転しようとしていた。 ディミトリが車の中を覗き込むと、運転手は絶命しているらしかった。助手席にもうひとり男が居た。怪我をしているらしく呻いていた。時間が無いので銃撃して永久に黙らせてやった。(お前も邪魔っ!) 運転席から運転手の死体を外に放り出すと乗り込んで走らせる。バックミラーを見ると直ぐ傍まで黒いSUVはやって来ている。 車を運転しながら逃走経路を色々と考えたが名案が浮かばない。その間にも黒いSUVから銃弾が飛んできている。 駐車場ビルの同じ階を二台の車は競り合うように走り続けた。 もちろん、ディミトリも銃で反撃している。車のタイヤの軋む音と銃の発射音がビル内に鳴り響いていた。(くそっ、サプレッサーを外したのに全然当たらないっ!) 追跡している車を銃撃しているが肩越しなので当たらない。そこでサイドブレーキを引いて車をサイドターンさせた。 そして、ドアを開けたままバックで下がり、停めてあった車でドアを弾き飛ばした。(よっしゃ、これで銃で闘
住宅街。 ディミトリは後ろを振り返って追跡している車を確認した。まるで他の車を蹴散らすかのように突進する二台が見える。『灰色の車と黒のSUVが付いてきている!』『分かっている。 しっかり掴まっていてくれ……』 運転手はバックミラーをちらりと見てアクセルを踏んだ。座席に押し付けられる具合で、加速されたのをディミトリは感じとった。 ディミトリは弾倉を交換した。そして、何気なくサプレッサーを見るとひび割れているのが見えた。(チッ、コレが原因か……) 弾道が安定しないのは整備不良だと思っていたが勘違いのようだった。ひび割れから発射ガスが漏れて銃弾がぶれてしまったのだろう。ディミトリはサッサとサプレッサーを外してしまった。 その間にもディミトリたちが乗る車は住宅街を駆け抜けていく。追跡車は引き離されまいと加速してきた。 そんな、無茶な運転をする三台の前に、運送業者のトラックが横合いから出てきた。『ヤバイっ!』 咄嗟にハンドルを切り、トラックをギリギリで躱していく。その後を二台の車が同じ様に走っていった。 自分のトラックの鼻先をすり抜けていくので運転手が驚愕の表情を浮かべていた。 だが、安心したのも束の間。今度は交通量の多そうな新道が前方に見えている。『交差点で曲がるから掴まっていてくれっ!』 運転手は怒鳴るとサイドブレーキを引いて、車を横滑りさせ始めた。そして、新道の交差点内に侵入すると同時にアクセルを踏み込んだ。車は交差点を強引に曲がっていった。 後続した追跡者も同じ様に曲がろうとしたが、ハンドルを切り過ぎたのか車が違う方向に鼻先を向けてしまっている。 いきなり乱入してきた乱暴者たちに、普通に走っていた車からクラクションが鳴らされていた。『くそっ! 前からも来やがったっ!』 運転手が怒鳴った。進行方向に見える正面の交差点を強引に曲がってくる車が見えた。 敵の新手であろう。反対車線を猛烈な勢いで逆走してくる。(……) 逃げ込めそうな小道は無い。あるのは駐車場ビルしか無い様だ。 ディミトリたちの乗った車は、パチンコ屋に付属しているらしい駐車ビルに逃げ込んだ。追跡車も続いて飛び込んでいく。 その駐車場ビルは三階建てで、各階に六十台位は駐車できる中規模のものだ。パチンコ屋とは二階部分に通路が繋がっている。『拙いな……』 ディミト
ディミトリは携帯電話を取り出してケリアンに電話を掛けた。『ケリアンさん……』『どうしましたか?』『今、車がドローンに追跡されてます。 貴方の指図じゃないですよね?』 ディミトリは念の為に尋ねてみた。ひょっとしたら護衛用の監視かも知れないと考えたからだ。『私は知らないです……』『そうですか』『はい、灰色狼が貴方の行動を見張る為に飛ばしているのでしょう……』『恐らく……』 裏社会の長いケリアンはドローンの意図を言い当てた。ディミトリも同じ意見だった。『ケリアンさん。 そこは直ぐに引き上げた方が良いですよ』『ああ、私も危険な匂いがする。 そちらも気を付けて……』『はい、僕が居ないので彼らは気兼ねなく銃を使って襲撃するでしょうからね』 ディミトリの話で自分に危険が迫っている事に気が付いたケリアンはそう言って電話を切った。(俺がアオイの救出に向かったのを知っているはず……) ディミトリが居ない隙に乗じて、アオイたちを人質に取ろうとする可能性があるのだ。 ケリアンとの電話が終わった時に、横合いにバイクが並走して来た。中型のバイクで運転手は一人だけだ。 バイクは追い抜くわけでなく、並走して車内をチラチラ見始めた。『お客さんだ……』 ディミトリは呑気に世間話をしている二人に声をかけた。 バイクの行動にピンと来る物があった。ディミトリが居るかどうかの確認であろう。『え?』 そう言うと運転手は自分の右側に顔を向けた。バイクを確認しようとしたのだ。 後部座席のディミトリを確認したバイクの運転手は懐から銃を取り出した。『危ないっ!』 ディミトリは叫ぶのと銃撃は同時だったようだ。 運転手側の窓が砕け散って、運転手の脳やら髪の毛やらがフロントガラスにへばりついた。 それを見ながらディミトリは自分の銃を取り出した。モロモフ号でかっぱらった奴だ。(くそっ! なんてせっかちな連中なんだ!) ディミトリは咄嗟に後部ドアの下側に屈み、自分の銃で窓越しにバイクを銃撃した。窓ガラスが車内に飛び散る。 当たるかどうかでは無く、牽制の為に銃弾をバラ撒いたのだ。『運転を!』 ディミトリは叫ぶが助手席の男は顔を伏せたままだ。銃弾が自分目指して放たれているので仕方が無い所だ。 片手でハンドルを握っているが、前を見てるわけではない。このままでは事故っ
『じゃあ、今の灰色狼を仕切っているのは誰ですか?』『張栄佑(ジャン・ロンヨウ)だと思う』『どういう人物ですか?』『中国の東北地方を根城にしている黒社会のボスだ。 実際は公安部の工作員だと睨んでいるがね』『中々複雑なんですね』『俺はジャンに話を持ちかけたのがシンだと睨んでいる』『シンの画像は有りますか?』『こんなのしか無いが……』 そう言って携帯電話の画像を見せて来た。一見すると優しそうなおじさん風だ。隠れ蓑にするには丁度良さげな風貌だった。『その場所に下見に行きたいので連れて行って貰えませんか?』 今回は荒事になるのは目に見えている。まず、敵が何人くらいいるのか位は知っておきたい。 暫く、地図を睨みつけた後でケリアンに頼み事をした。自転車で行くには距離が有るからだ。 こういう時には子供の身体である事が恨めしく思うのだった。『ああ、良いだろう。 部下に送らせよう……』 ケリアンが部下を二人付けてくれた。何れも軍隊出身なので当てになると言っていた。 車は普通の乗用車だ。目立たないようにと配慮してくれたらしい。『英語は?』『大丈夫ですよ。 坊っちゃん』 二人共英語は大丈夫だと聞いて安心した。自分の拙い中国語では心許ないからだ。 道中、車の中で二人に聞くと、灰色狼のアジトを見に行くだけとしか聞いてないようだ。『あの、質問しても良いかな?』『ああ、良いよ……』 運転席の男が質問してきた。『あの物騒な連中と知り合いなんですか?』 彼らは香港から日本に派遣されているらしかった。灰色狼の荒っぽい仕事のやり方は彼らも知っているようだ。『どちらかと言うと、向こうの連中の片思いさ……』 ディミトリはそれだけしか言わなかった。偵察が目的なので彼らに詳しく説明する気が無かったのだ。 ボスに少年をアジトが見える所まで連れて行って来いと言われ不思議に思っているらしかった。『あの連中は直ぐに青龍刀を出して振り回して来る言うからな……』『格好はいっちょ前だけど、強く無いって話を聞いたぞ?』『でも、シェンたちがやられちまったんだろ?』『不意を突かれたんだろ……』『普通は命までは取らないもんだよ。 話し合いの余地が無くなっちまうからな』『日本には温い組織しか無いから加減が分からないんだろうよ』 車の中で男たちは気楽にお喋りをしていた。